わたし平田賢一がどんな人間なのか、ちょっと、聞いていただけませんか。

唐突ですが、わたし平田、趣味は古墳を探索です。
有名な古墳を散策するのではなく、未発見の古墳を探すことです。
同じ趣味を持つ仲間で「御領の古代ロマンを蘇らせる会」と言う会を作って活動もしています。古墳を新発見して、新聞に掲載されたここともあるんですよ。

山陽新聞2月20日備後版

さて、わたし平田の実家は、神辺町です。
私が3歳の頃、両親は神辺町に家を買いました。
今も両親が暮らすその家は、築40年。
両親は一度その家を増築しています。私が小学生の頃です。

増築をしてくれたのは、家を建てた業者ではなく、個人の大工さんだったのですが、
その大工さんがいうのには、我が家は、あまり施工がよくないというのです。
まだ小さい私には、よくわからなかったのですが、 壁の断熱材がないとか、いろいろ欠陥があったようなのです。
とにかく、両親のがっかりした顔を、よく覚えています。

その増築では、
4帖半の部屋を6帖にして、さらに、もうひとつ6帖間をつくりました。
子どもの目から見ても、増築した部屋だけが、立派で、いいつくりだと感じました。
同時に、正直にちゃんと家をつくっている大工さんと、そうでないずるい大工さんがいるんだ、ということを知って、ショックを受けました。

だからといって、それをきっかけに、建築業に興味を持ったわけではなく、
とくに目標をもたないまま、普通科の高校へいき、大学は経営学部を卒業しました。
就職したのは府中で、建材を製造・販売する会社です。

そこで、建材の営業をしながら建築業に関わっているうち、
どうしても建築の仕事そのものをしたくなって、思い切って転職しました。

建築の学校にも行っていない、経験もないので、就職活動は大変でしたが、
わたしの回り道の経歴を気に入って、現場監督として雇ってくれる会社が見つかりました。

こうして、私の建築人生がはじまったのです。

住宅の新築・増改築の現場管理が、私の新しい仕事になりました。
住宅の仕事をするにあたり、自分自身に誓ったことがあります。

それは小学生の時、強く感じたこと。
ちゃんとした家をつくれないような現場監督にはならないぞ!
ほんとうにいい家をつくる現場監督になるぞ!!  
ということです。

それから、働きながら勉強をして、
2級建築士の資格を取得しました。

現場監督の仕事は、思っていた以上にやりがいがありました。

実は、わたし平田は、現場監督をしながら、おかしいなぁと感じていたことがありました。
それは、建築の知識が乏しい住宅営業マンが多すぎる、
ということです。

例えば・・・

家の構造について、少しは勉強しているが、理解しきれていない営業マン。
しかも、少し勉強しているだけにわかったつもりでいます。
 
実は、これ、とても「怖いこと」です。
なぜなら、住宅業界では、間取りを提案するのは、営業マンだからです。

最近は、LDKを広くとる傾向が多いのですが、構造を熟知していないと、危険な間取りになってしまう可能性があるのです。

柱や壁の直下率の低い間取り、は、2階の床の不陸の原因になります。
カンタンにいいますと、1階のリビングを広くするために、極端に柱を少なくした結果、
地震などの災害によっては、2階が崩落する原因になりかねない、ということです。

そして、そのようなコワイ間取りがまかりとおっているのが現実です。

かつて、現場の立場から営業マンに改善を求めても、
聞き入れてもらえないこともありました。

そのような経験から、設計段階から家づくりに携わりたいと考えるようになりました。
スマートでかっこいい家や、かわいい家をデザインすることも大事ですが、
それ以上に大切な、安心して過ごせる丈夫で安全な住まいづくりを大切にしていきたいと考えてます。